わかるブログ

人生の後半に向かっていくにあたり、自分の引き出しの中身を色々書いて一旦空にし、新たに学びを深めていかざるを得ない環境を作ろうと思って始めたブログ

マッキンゼーとBCGは何が違うのか(その4-リーダーか傭兵か)

マッキンゼーはコンサルを生業としているにも関わらず、組織設計は「リーダーを育成する」という観点を頑なに貫ているように見える。一方で、BCGはコンサルを生業とし、組織設計も素直に「最強の傭兵を育成する事」に主眼を置いている

 

inspire verb
in·​spire | \ in-ˈspī(-ə)r \
inspired; inspiring

a: to influence, move, or guide by divine or supernatural inspiration
b: to exert an animating, enlivening, or exalting influence on
c: to spur on : IMPEL, MOTIVATE
d: AFFECT

 

Inspireという単語は、日本語にうまく訳せいないものの一つであるように感じるが(一般的には「鼓舞する」と訳すのだろう)、マッキンゼーの人間はこの単語が大好きである。グローバルのホームページにも多用されているし、世にあふれている「マッキンゼー流~」という本にも、「インスパイア」というカタカナで頻出することに気が付いている人もいるかもしれない(面白いことに、今Googleで"Mckinsey inspire"と検索した場合のヒット数は344万件であるが、"BCG inspire"では89万件程度である)。

 

実際にこの単語はマッキンゼーのジュニアの間で、まわり(特に自分よりテニュアが上の人間)を評するときに用いられる、ある意味社内用語だ。「吉村さん、今の発言uninspiringですよ」とか、「彼はinspiringですよね」といったやり取りが日々かわされる。

 

マッキンゼーに入社し、初めてこの言葉を聞いた時は、正直「inspiringってなんだよ」と思ったが、あたかも人を評する言葉が「inspiring」と「uninspiring」の2種類しかないかの如く、執拗にそれらの単語が用いられるので気になった。調べてみると、このinspireという単語と最もよく共起する言葉の一つがleader(やleadership)である事に気が付いた。

 

社員が使う言葉にはその組織の思想が現れる。その事がきっかけで、「マッキンゼーはコンサル業を“たまたま”やっているだけで、その本質はリーダーを育てることにあるのではないか」という仮説を持つようになり、あらためて組織を見渡してみると、すべての制度が実によくこの仮説に沿っていることに目を見張ったのである。

 

顕著にその思想が表れているのが、評価の考え方だ。マッキンゼーは、ホームページでも謳っているように「Extend your strength」、つまり、strength-baseで人を評価する事を大切にしている。「強みを伸ばす」というのは一般的にもよく聞かれる表現かもしれないが、マッキンゼーの思想を加味すると、以下のような言外の意味が含まれていると勝手に感じている:

  • 自らの強みに集中すべき
  • それは、弱みを普通レベルや得意レベルまで引き上げる事よりはるかに効率的だから、という事はもちろん、
  • もしあなたがリーダーになりたいのであれば、異なる強みを持ったメンバーをinspireして一緒に働く、彼らの能力を引き出す術を身につけなければいけない
    からだ

つまり、inspireできるようになる、というのはリーダーの条件であり、strength-basedの評価制度はリーダーとしてのその素養を磨くことも求めているのではないか。その思想がinspiring/uninspiringというジュニアが日常使う言葉のレベルで組織に刻み込まれている、それがマッキンゼーなのである。

 

「強みを伸ばす」というのは、特にコンサル業界の会社にとっては、言うは易く行うは難しだ。実際に、どこまで掘り下げてみても「コンサルティング事業をうまくやる事」に特化したBCGでは、全く逆のアプローチをとっている。すなわち「弱みをなくす」ことに主眼を置いた評価制度になっているのだ(もちろん彼らに尋ねても、“いや、それは違う”と否定すると思うが、実態はそうだ)。これは彼らの理屈からすれば極めて利にかなっている。コンサルとして、まずは「個として圧倒的に強くなる」事が重要であり、そのためには弱みもそれなりに克服すべき、という考えだ。私は5年近くBCGにいる中で、(端的に言えば)「コミュニケーション力を鍛えろ」というフィードバックしかもらったことがないといっても過言ではない。これは、論理的思考など、インテレクチュアルの部分の評価が自分は突出していたためで、相対的に弱かったのが常にコミュニケーション周りだったからだと思われる。新卒で入社直後に入ったプロジェクトの一番最初のフィードバックで、「吉村さんてさぁ、人間に興味ないよね。クライアントのジュニアメンバーとまずは飲みにいってこよう」と言われたのは今でも忘れられない、いい思い出だ。

 

BCGもホームページではパートナーの事を「リーダーシップチーム」と表現したりしているが、BCG社内で用いられるリーダーという言葉は、ごく表層的なもので、一般用語として用いられているに過ぎない。むしろ実態はオレンジ組織なわけで、ジュニアが用いる言葉は常に「軍隊発想」になりがちである。彼ら傭兵からすれば、自分よりテニュアの高い人間の評価は、究極「彼/彼女が率いる部隊の生存率」であって、結果として、周りを評する言葉は「彼は筋がいいので働きやすい」とか「彼は殺し屋だ」といった表現になるのである。「inspring」などといった高貴な表現など、頭の片隅にも出てこないし、そういった考えがあり得る事すら、私はマッキンゼーに入社するまで気が付くことがなかった。

 

こういった観点からもマッキンゼーとBCGは大きく異なる。どちらがよいというものでもないし、人によって当然合う合わないがはっきりすると思うが、同じ業界の会社でここまでアプローチが顕著に違うというのは考えさせられるものがある。