わかるブログ

人生の後半に向かっていくにあたり、自分の引き出しの中身を色々書いて一旦空にし、新たに学びを深めていかざるを得ない環境を作ろうと思って始めたブログ

自分の好きなことをやる(前半)

自分が好きな事のみをやる、という事を徹底するのはかなり大切だと思う。それができる事自体を「幸せだ」という人がいるが、そういう事ではなく、それは意識の持ち方次第だと思う

 

 

ある物体が持つ熱がその周りの環境に伝播していくように、人が持つ熱量というのは確かにまわりの人に伝わる。まるで物理学の法則がそのまま成り立つかのように。

 

先日こんなやり取りがあった。今自分がお世話になっているクライアント先の会議で、チームのメンバーに、「今やった方がよい事は大きく3つあるんだけど、どれをやりましょうかね?皆さんのモチベーション優先なので、やりたいと思えるものに取り組みたいのですが、、、」といったところ、メンバーがきょとんとしている。そのうち一人が、「まあ会社の方針というか、ビジネスサイドの優先順位もあると思うので」という。「いやいや、皆さんがやる気が起こらないものは、やらない方向に持っていくので、本当にモチベーションファーストだと、結構本気で言っているのですが、、、」。正直、モチベーションが湧くことよりも、会社の都合を気にさせてしまっている自分の力不足を感じると同時に、そのこと自体にその会社の実態が表れているなと思った。

 

自分はかなり真剣に、「自分が好きな事のみをやる」、という事を徹底している。好き、と心の底から思えないとしても、少なくとも「気分が乗らない事」は絶対にしないようにしている。それを「絶対」、としたのは自分の人生の時間が限られていると実感し始めた30代後半からだと思う。そして、自分が関わるメンバーにも、気分が乗らない事は極力させたくない。どうしてもやらせなければいけないときは、きちんと理由とゴールを説明し、申し訳ないと頭を下げるようにお願いする事にしている。

 

何もこれは、自己啓発的なことを伝えたいわけでは全くなく、実利があるからそのようにしている。経験的に、能力は高いが、その作業自体は好きではない人が作業した場合のアウトプットと、能力は決し高くないが、その作業が好きで好きでたまらない人が作業したアウトプットを比べると、後者の方が圧倒的に質が高い。それは傍か見ると明らかで、そういった質の高いアウトプットを自分は「血の通った」アウトプットと表現している。その人の熱量が、そのアウトプットにのり移っているというか、そういう感じられる感じ。それが極めて貴重なのである。

 

そうずっと考えて、色々な人にそういった趣旨の事を伝えてきたのだが、最近その空気が変わり始めているのを感じている。それについては明日書こうと思う。